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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(行ツ)14号 判決

旧名称長野郵政局長

上告人

信越郵政局長

若木喜善

右指定代理人

貞家克己

外二名

被上告人

長場寛大

外三名

右四名訴訟代理人

松崎勝一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人指定代理人香川保一、同斎藤健、同伴喬之輔の上告理由について。

一(本件の問題点)

本件記録によると、(1)公共企業体等労働関係法(以下「公務法」という。)二条一項二号イの事業を行う国の経営する企業に勤務する一般職の国家公務員(同条二項二号参照。以下単に現業公務員という。)であつた被上告人らは、いずれも昭和三八年五月一日付で上告人から国家公務員法(以下「国公法」という。)八二条に基づき懲戒停職処分を受けたので、同年七月一九日右処分の取消しを求めて本件訴えを提起し、第一審においては、右処分には処分事由不存在及び不当労働行為該当の瑕疵があると主張したが、原審においては、右主張のうち不当労働行為該当の瑕疵があるとの主張のみを維持すると述べるに至つたこと、(2)右処分につき人事院に対する審査請求(国公法九〇条参照)がされていないところ、原判決は、右処分に不当労働行為該当の瑕疵があるとの主張がされている本件訴えについては国公法九二条の二の適用はないと解すべきであるとして、右の審査請求に対する裁決を経由していないことを理由に本件訴えを却下した第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻すべきものとしたこと、以上の事実が明らかである。

論旨は、要するに、原判決が本件訴えにつき国公法九二条の二の規定の適用を否定したのは、同条の解釈適用を誤つたものである、というのである。そこで、現業公務員に対する国公法八九条一項所定の処分(以下不利益処分という。)の効力を裁判上争う方法に関して検討する。

二(不利益処分の法的性質)

現業公務員は、一般職の国家公務員(国公法二条二項、公労法二条二項二号、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法二条二項参照)として、国の行政機関に勤務するものであり、しかも、その勤務関係の根幹をなす任用、分限、懲戒、服務等については、国公法及びそれに基づく人事院規則の詳細な規定がほぼ全面的に適用されている(なお、郵政省設置法二〇条参照)などの点に鑑みると、その勤務関係は、基本的には、公法的規律に服する公法上の関係であるといわざるをえない、もつとも、現業公務員は、国が経営するものとはいえ、郵便事業等という経済的活動を行う企業に従事するものであるし、更に、右公務員に適用される公労法は、労働条件に関する事項につき団体交渉の対象としたうえそれにつき労働協約の締結を認め(同法八条)、また、国公法の適用を一部除外する反面、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法等の適用があることとしているのであつて(同法四〇条一項参照)、これらの点などからすると、その勤務関係は、国公法が全面的に適用されるいわゆる非現業の国家公務員のそれとは異なり、ある程度当事者の自治に委ねられている面があるということができる。しかし、右の面も、結局は国公法及び人事院規則による強い制約のもとにあるから、これをもつて、現業公務員の勤務関係が基本的に公法上の関係であることを否定することはできない。

そして、国公法は、不利益処分につき、人事院に対して行政不服審査法(以下「行審法」という。)による審査請求をすることができ(同法九〇条一項。なお、その手続に関する同法九〇条の二、九一条、九二条参照)、また、右の審査請求に対する人事院の裁決を経た後でなければ、右処分の取消しの訴えを提起することができない(同法九二条の二)と規定しているが、これらの規定と右に述べたころとを合わせ考えると、現行実定法は、右処分が行政処分(行政事件訴訟法〔以下「行訴法」という。〕三条二項参照)であることを当然の前提としているものと解するほかはない(公労法四〇条三項〔昭和四〇年法律第六九号による改正前の公労法においては四〇条四項。以下同じ。〕の規定は、不利益処分が行政処分であることを否定する趣旨を示しているものではない。)。

三(不当労働行為該当の瑕疵を有する不利益処分の効力)

現業公務員には、不当労働行為禁止に関する労働組合法七条の規定の適用があり(公労法四〇条一項一号参照)、したがつて、不当労働行為該当の瑕疵は、行政処分である不利益処分の法律上の効力に影響を及ぼし、右瑕疵を有する不利益処分は、違法な行政処分であると解するのが相当である。そして、一般に、行政処分を違法ならしめる瑕疵は、それが重大かつ明白であるといえないかぎり、行政処分の当然無効の原因ではなく、その取消の原因にとどまるものであるが、このことは、不当労働行為該当の瑕疵についても、特に、これを別異に解すべき根拠は見あたらない。

四(不利益処分の行政段階における救済手続)

国公法九〇条は、不利益処分につき人事院に対してのみ行審法による審査請求をすることができるとしているが、他方、公労法四〇条三項は、右処分が不当労働行為に該当する場合には右の審査請求をすることができないものとし、公労法二五条の五によれば(労働組合法二七条参照)、右の場合には、公共企業体等労働委員会(以下公労委という)。に対して不当労働行為救済の申立てをすることを許している。

右各規定によると、法律は、不利益処分につき、不当労働行為該当の瑕疵を有する場合とそれ以外の瑕疵(処分事由不存在、裁量権の逸脱等)を有する場合とで、それに対する行政段階における是正、救済の手続を分離しているのであるが、その趣旨は、不当労働行為該当の瑕疵の存否の判断をそれに適用する公労委に委ねて人事院には行わせないこととし、結局、右の両瑕疵それぞれの存否の判断権を、公労委と人事院に分属させることとしたものであると解される。したがつて、一個の不利益処分であつても、これに対する行政上の救済手続は、右の両瑕疵のいずれを有するかによつて異なることとならざるをえないのであつて、不当労働行為該当の瑕疵を理由としては人事院に対して審査請求をすることができず、それ以外の瑕疵を理由としては公労委に対して救済の申立てをすることができないのであり、それ故にまた、右処分に右の両瑕疵が併存するとされる場合には、人事院と公労委の双方に対し、それぞれの瑕疵を理由として、別々に行政上の救済を求めるほかないのである。

この点に関し、所論は、右処分についての不当労働行為該当の瑕疵がそれ以外の瑕疵と不可分一体のものとなつているような場合には、その不当労働行為該当の瑕疵を理由としても国公法九〇条により人事院に対して審査請求をすることができると解すべきであるとし、これを前提に、右の場合に関するかぎり、不当労働有為該当の瑕疵を理由としていても、国公法九二条の二の適用があるものとしなければならない旨主張する。しかし、右の両瑕疵それぞれの法律上の要件は、別個のものであるから、一定の事実がそれぞれの法律要件に該当するか否かの判断は、別個のものというべきであり、しかも、右処分に不当労働行為該当の瑕疵が存するか否かの判断権が人事院に属するものではないことは、既に述べたとおりである。それゆえ、所論は、その前提を欠く。

五(不利益処分の効力を裁判上争う方法)

不利益処分に瑕疵があるとしてその効力を裁判上争うには、その瑕疵が重大かつ明白でないかぎり、取消訴訟(行訴法三条二項参照)によることを要し、右処分に不当労働行為該当の瑕疵があるとするときも、そのことに変わりのないことは、右二、三に述べたところから明らかである。

ところで、国公法九二条の二の規定と国公法九〇条、公労法二五条の五、四〇条三項等の規定を総合すると、不利益処分に対して不服のある現業公務員は、右処分に不当労働行為該当の瑕疵以外の瑕疵があるものとする場合には、あらかじめ人事院に対し審査請求をしてそれに対する裁決を経たうえでなければ、その取消しを裁判上請求することができないのに対し、右処分に不当労働行為該当の瑕疵があるものとする場合には、審査請求をすることが許されないため、直ちにその取消しを裁判上請求することができるという関係にあるといいうるが、このことと右四に述べたところとを合わせ考えると、右処分に対する取消訴訟は、同一の処分に対してその瑕疵の態様が右のいずれに属するかによつて、二個の別異の訴訟となるとする見解が、一見合理的であると考えられないでもない。しかしながら、一個の行政処分につき二個の取消訴訟の提起を認めることは、行政処分に対する取消訴訟一般の建前に反し、実際上も訴訟関係の重複錯雑をきたすから、法律解釈上そう解するほかはない場合は格別、そうでないかぎり相当ではなく、したがつて、前示の見解を採用することは当を得たものとはいえない。

そうすると、右処分に対する取消訴訟は、瑕疵の態様いかんに拘らず一個のものであつて、前述の行政救済手続における瑕疵の区分は、訴訟手続上は単に攻撃防禦方法の提出ないし審理に関する区分としての意味を有するにすぎないものと解すべきであり、国公法九二条の二の規定は、右処分に対する取消訴訟に関しては、出訴の要件としてではなく、単に主張ないし審理の能否についてのみ意義を有することとなる。

それゆえ、不利益処分に不服のある者は、直ちに右処分に対する取消訴訟を提起することができ、行訴法一四条所定の出訴期間内に適法に提起された訴訟においては、右処分のすべての瑕疵を争いうるのであり、ただ、不当労働行為該当の瑕疵以外の瑕疵を当事者が主張しまた裁判所が審理するについては、国公法九二条の二における審査請求前置の趣旨に鑑み、審査請求に対する人事院の裁決を経由することを要し、これを経ないかぎり(ただし、行訴法八条二項各号の事由があるときは、右裁決の経由を要しないものと解すべきである。)、その主張、審理が制限される結果となるのである。

六(結び)

以上によれば、行訴法一四条一項の期間内に提起された本件訴えは、いずれも適法なものというべきであり、本件処分について審査請求に対する人事院の裁決を経ておらず、行訴法八条二項各号の事由があるともいえないから、本件訴訟手続において、右処分に不当労働行為該当の瑕疵が存するとの点を主張、審理することは制限されることを免れないが、右処分に不当労働行為該当の瑕疵が存するとの点を主張、審理することが制限されることはないのであつて、事実審裁判所としては、その当否につき実体審理を尽くすべきものである。

それゆえ、本件訴えを却下した第一審判決を取り消して、本件処分に不当労働行為該当の瑕疵があるとの主張につき実体審理を尽くさせるために、本件を第一審裁判所に差し戻すべきものとした原判決の結論は、正当というべきであり、論旨は、結局、理由がない。

よつて、行訴法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 岡原昌男 小川信雄 吉田豊)

〈上告理由省略〉

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